鈴木百合子 著 朝日新聞出版 刊
秋田・横手にある元造り酒屋の中の食堂。その風景が、今でもふと浮かんできます。
『いつもの台所に麹のある暮らし』は、大正7年から麹を作り続ける「羽場こうじ店」の食堂、羽場こうじ茶屋「くらを」から生まれた一冊です。鈴木百合子さんは、羽場こうじ店の娘で、その食堂を切り盛りする女将さん。
撮影は1週間。12月の秋田は、関東から行くとやはり身にしみる寒さで、こちらは上着を着込んでの撮影でしたが、鈴木さんは変わらず割烹着姿のまま。淡々と、でも手際よく料理を仕上げていく姿が印象的でした。初めての本とは思えないほど段取りがよく、日々の仕事の積み重ねが、そのまま表れているようでした。
秋田は米どころ。その米を麹にし、味噌や漬物を仕込み、日々の食卓の中で受け継いでいく土地です。発酵が特別なものではなく、暮らしの中に息づいている地域。
本書の料理は、そうした土地の営みの中から自然に生まれてきたものです。だからこそ、この場所で、この方にお願いできたことに意味があったのだと感じています。
紹介されているのは、塩麹や甘酒、三五八といった発酵調味料を、特別なものとしてではなく、日々のごはんに取り入れるための知恵。
少し加えるだけで、肉や魚はしっとり、野菜は甘く、料理全体にやさしいうま味が広がっていきます。無理なく続けられるからこそ、日々の台所に自然となじんでいくのだと思います。
くらをがある増田町は、美しい町並みが残る場所です。撮影のあと、宿までの道を少し歩き、地元のお店に立ち寄ったり、地域の方と言葉を交わしたりする時間もまた、忘れがたいものでした。少し足をのばして撮影した、りんご畑の向こうに広がる鳥海山の景色。静かで大きなその佇まいも、この土地の記憶として心に残っています。
麹があることで、いつもの食卓が少し豊かになる。そしてこの本を手にすると、秋田を訪れて、鈴木さんのお味噌汁をいただきたくなる——そんな気持ちになる一冊です。

